2023.03.16 とりこぼした諸々を、ここらで一つ愚痴ってみよう
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こんにちは、樋口美沙緒です。『小説書こうよ!』第七回です。ドドン!(効果音)(なぜ)(なんとなく)
さてさて前回、推敲を終えた私たち。(まだまだ仲間気分でいきます)そう、推敲が終わればもうやることはないのだ。このまま投稿してくれい!
俺の役目は終わった……もうお前に教えることはなにもない。 - なのですが、今回はこれまでのコラムの中で「ちょっと文字数が足りないから」とか「ちょっと細かすぎるから」とかいう理由であえて書かなかったこと、ようするに取りこぼしてしまった諸々について、ぐちぐちと書き連ねてみよう、と思います。
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ぐちぐち、というかねちねち、というか、しつこい感じがしそうなので愚痴ってみよう、などとのたまったわけです。
もう思いついたことを片っ端から書くから、正直まとまりに欠けるかもしれねーけど許してくれよな。それじゃあ行ってみましょう。
キャラクター作りを拾う『なぜ受け視点なのか?』
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とりま、キャラクター作りについてですが。
第一回のキャラ作り編で、受け視点で書いてほしいってことを散々言っているんですが、これはまあ、前にも言いましたが攻め視点より受け視点のほうがBL小説の「基本の型」だからです。 -
基礎ができていれば応用がきくので、基礎固めのためにも、受け視点固定で最初から最後まで書き通す訓練をしてほしいなっていう話ですね。
プロになって、ずっと書いていきたいわけじゃなく、趣味でいいならべつにそんなことをする必要はありません。でも商業作家として長く書きたい人は、受け視点固定で書き通せるというのが必須能力かなと。 -
だってやっぱり、攻め視点と受け視点だと受け視点のほうが難しいんですよ……。
つい最近私も、攻め視点と受け視点が混ざったものを書いたばかりなのですが、攻め視点は勢いとのりである程度書けますし、心理描写もある一方向に向かってさえいりゃー、なんとか体裁が整うっていう、横暴かもしれないんですけど、そういう部分があります。 - ところが受け視点になったとたん、心理描写を攻めよりももっと詳細に書かなければならない……という負荷がかかるので、難しいなあと実感したばかりです。
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どうして受けと攻めだと、受けのほうが心理描写が複雑になるかというと、もちろん受けの性格がさっぱり、きっぱりしていればそこまで描写することも多くないでしょうが……なんていうのかなあ。
ぶっちゃけて言うとね? 身も蓋もないこと言うけども。
ある意味、差別的に聞こえそうだから言いきりたくはないのですが、攻めがあれこれ悩みすぎてるとかっこ悪いと思われがちなのです……。
私が新人のころ、これは結構編集さんからも言われたことでして……。攻めにキュンとさせてほしいと。
いや、攻めにだっていろいろ悩む権利はあるんですよ。それは分かってるのです。
でも、BL小説は娯楽小説ですから、攻めにはある程度のかっこよさが求められます。もちろんヘタレだったり、言葉悪く言えば変質的だったり、繊細だったりしてもいいんですが、あくまで「基本の型」でいくと攻めがうじうじしている描写を、それも多方面に向かってうじうじしている描写を何度も何度も書くのは、結構な賭けです。
ショージキ言うと……そうなのよ、好みが分かれちゃうみたいなのよ。 -
それから、攻め視点のときも読者さんの多くは攻めに感情移入しておらず、一歩ひいたところで読んでらっしゃる方が大半ではないか……と、思われます。例外もあるでしょうが、少なくとも私はそうです。
感情移入しないのであれば、心理描写はある程度ざっくりのほうが読みやすいです。やりすぎるとうっとうしいと感じられてしまいやすいという、危険な罠があります。 -
そのため、攻め視点での心理描写は「とある一面」だけを切り取って書くのが正攻法で、それも受けに関することだけにうじうじしているほうが、BLとしてはよいのかなと、今のところ、私はそう考えております。
(時代が変わっている最中なので、もしかするとこの先、変化するかもしれない部分なのですが) -
ところが、受けの子が視点人物の場合、もっと多面的に悩んだほうがよい、という側面があります。恋愛の悩み、自己実現の悩み、人間関係の悩みなどなど。なぜかというと、受けの様々な悩みが恋愛にも反映されて葛藤になっているから……です。
それらの悩みを総合的に書くことで、感情移入してもらいやすくなるからだと思います。 - 本来ならそれは攻めも一緒なんですが、かっこ悪いと思われると、ほとんどの場合致命傷になります。かっこ悪さがいい! そこが魅力! と思われるほどにキャラを確立できればべつの話ですが、それは毎回使える手ではないので、ここぞというときに書いてほしい。
- と、いうわけで長くなりましたが、以上が、私なりに考える、受け視点のほうが心理描写が複雑になりやすい理由です。そしてこの複雑さを書けるほうが、長い目で見たときにはよい、というのが実感としてあります。
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だってね、一輪車に乗れたら自転車なんて簡単じゃないですか!? それと同じで、受け視点が書けたら攻め視点はもっと書けると思います。(たぶん)(おそらく)(違ってても許して)
そして両方上手く書けるようになったら、視点の切り換えを効果的に使う小説も書けるようになるでしょう。 -
いきなり宣伝して申し訳ないんですが(実は全然申し訳なく思ってない。めっちゃ宣伝する気満々で書いてる。すまん)
ちょうどこのコラムが更新される前日の三月十五日、全十二回の連載小説、『恋する食卓』(白泉社)の第一話が電子配信スタートとなっております。(がっつり宣伝やんけ) - こちらはぶっちゃけると、攻め視点から始まっている小説で、途中受け視点も入る予定です。視点を変える効果や、書き方の違いの参考になるかもしれないので……そ、そうだよ。つまりは買ってくれよなって話だぜ。俗物なのではっきり言っちゃう。
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実は私、半分受け視点、半分攻め視点という構図の作品を結構な数書いておりまして、この『恋する食卓』もそうですが、他にも
『愛の裁きを受けろ!』(白泉社)、
『愛はね、』(白泉社)、
『ぼうや、もっと鏡みて』(白泉社)、
『わたしにください-十八と二十六の間に-』(白泉社)あたりがそうなっています。
そちらでもいいので(どうぞどうぞ何卒どうぞ)よかったら参考にしてみてください。 - でもこのやり方、情報開示のタイミングが難しいので、むやみやたらと乱発するよりは、受け視点固定で書けることをまずは目指したほうがいいかなあと思います。
キャラクター作りを拾う『キャラ作りの別手法』
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ところで自分で書いといてなんですが、第一回のコラムで紹介したキャラ作りのメソッドは、結構難しいことを言っています。
だから正直、そのとおりにする必要はありません。(おい待てコラ) -
私が普段やっている方法がもう一つありまして、そちらもご紹介してみますね。
それはキャラと対話するやり方です。
心の中で、あるいは声に出して独り言でもいいんです。作った主人公とおしゃべりをして、「なにを考えてるの?」「どうしてこうしたいの?」と訊いていくんですね。相手が答えてくれるのを、辛抱強く待ちます。 -
大抵の場合、「分かんない」と返ってきます。そっかー分かんないかー私も分かんないんだよね。一緒に考えよう、と声をかけて答えを考える。
キャラがやっと答えてくれたら、また深掘りして質問をする。それを繰り返して、キャラのことを理解できるようになったら書くわけです。 -
私は小説を書いている途中で展開や心理描写に迷ったら、よく主人公とおしゃべりをしています。「なんでそうするの?」と訊いてみると、意外と突破口が見えます。
「なんだ、そっちじゃなくてこっちに行きたかったのね!」となることもしばしばです。
傍目から見ると変な人になる、というリスクはありますが……! こんなやり方もあるよということで、困ったら試してみてくださると嬉しい。 - よく魅力的なキャラの書き方は? と訊かれるのですが、正直それが簡単にできる方法があるなら私も知りたい! 知らぬ、知らぬから頑張って書いてる! としか言えないのですが……。
キャラクター作りを拾う『作品は作品。自分は自分。』
- ただ一つ思うのは、キャラクターを紙の上、もしくは画面の中だけの存在だと思わずに、「自分と同じように実際に生きている一人の人」だと思って書くことが大事かなと。少なくとも私はそう思って書いています。
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自分とは違う一人の人なのだから、ちゃんと人権も意志も心もあります。
こちらの勝手な都合で動かすわけにはいきません。相手がどんな気持ちで、どういう意志を持っているのか、確認しながらでないとお話を続けられないですよね。
キャラを自分のものだと思い込まずに、一人の尊厳ある他者である、と思うことで、乱暴に扱わず、丁寧に書くことができるというのが私の実感です。 -
それと、他人だと思うとキャラと自分の間に距離感も生まれます。あまりにも自分のものだと思うとのめり込みすぎて、キャラと自分を同一視してしまう傾向が生まれやすい。
そうすると、作品やキャラにダメだしがされたとき、自分の尊厳まで傷つけられたように感じてしまいがちです。 -
でもそうではない。作品は作品。自分は自分。
そう思えるようになると、担当編集さんからのリテイクも素直に聞けるようになったり、もっともっとこのキャラの魅力が伝わるようにするには、どう書けばいいだろう? とフラットに悩めるようになったりもします。 -
自分のためにキャラを魅力的にしたいというよりも、キャラのためにキャラの魅力を自分が理解して、それをプレゼンとして小説に書き起こす、という姿勢の違いになるでしょうか。
小説は最初は、自分のために書く方がいい。
でも直すときは、他人のために直すほうがいいんです。
その他人には、読者さんだけではなくて小説に登場するキャラたちも含まれます。 -
だって、悔しいじゃないですか。キャラの魅力を一番知っているのは作者です。こんなに素敵な子なのに、読んだ方からそっぽを向かれたら、「すまん! 俺のプレゼン力がないばっかりに……」という気持ちになってしまう。
それだったら完璧に近いプレゼン資料を用意して、キャラの魅力をこれでもかと伝える努力だけでも惜しみたくない。 -
作家は、作品を読んでほしいから頑張れる人がなる職業なんですね。
作品よりも、作家自身をみてほしい人には難しい仕事という、厳しいけれどどうしようもない現実があります。
視点変更を拾う『全く同じ話を別視点で何度も書かない』
- それからちょっと視点の話に戻るんですが、これはネット小説に特有のよくある構成だと思いますけれども、受け視点で一つのエピソードを書いたあとに、攻め視点でまるまる同じお話を書かれる方を結構お見かけします。
- いや、分かるんですよ! ネット小説ではそういう構成が歓迎されがちなのも分かっているんです! だってあのとき攻めはどう思ってたの? って気になる人多いもんね!
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だからネットではべつにそれを書いてくださっていいんですが、書籍化するとか、商業で書いていくとか、そういう場合は重複したエピソードを別々の視点でそれぞれに書く、というのはやめておきたいところです。
ここで読者に攻めの気持ちも知っておいてほしい! と思ったなら、受け視点でその攻めの気持ちが「読者にだけ」伝わるように、工夫してみてください。
そういう工夫を続けることで、小説の技術があがっていきますから! -
この、主人公には伝わらないのに読者には分かるように、視点外の人物の気持ちを書く、という技術は難しいけれども、恋愛小説を書くうえでは、真っ先に身につけてほしいスキルです。
基本的なやり方をざっとご説明しましょう。今回も、雲母と要に登場してもらいますね。 -
「お前に分かるわけがない、なにもかも持っていて、恵まれてるお前なんかに」
雲母は要に向かって、思わずそう吐き出していた。
言ったあとで、ハッと口をつぐむ。こんなふうに伝えるつもりもなければ、言いたくもなかった言葉だ。
(こんなひがみ根性のかたまりみたいなこと言うなんて、俺って……)
かっこ悪い。
要にもきっとそう思われている。雲母は自分の醜い部分を不用意に要にさらした気がして、胸がむかつき、その場から逃げ出したくなった。足が震えて、まともに要の顔を見ることができない。それでも、要がどんな表情を浮かべているか知らないままなのも怖くて、ちらりと視線を投げる。
きっと蔑むような眼で見られている。そう思っていたのに、要は青ざめ、愕然とした様子で雲母を見ていた。
その唇はショックを受けてか、かすかに震え、切れ長の瞳には、やがて怒りのようなものが吹き上がるのを、雲母は見た。
「ああそうだ、分かるわけない」
要はかすれた声でそう呟いた。まるで、唾棄するように。
「でもそれはお前のせいだ、俺がどれだけ分かろうとしても、お前が俺を閉め出すんだからな!」
怒鳴ったあとで、要はどうしてか泣き出しそうな顔をしていた。唇を強く噛みしめて、逃げるように雲母の前から立ち去っていく。残された雲母は、要の叫びに頬を打たれたような気持ちで、しばらくの間立ち尽くしていた。
(……なんだよ。分かろうとしてもって……あいつが、俺を理解しようとしてたってこと?) -
フーッ、長くなっちまった。
よくある喧嘩のシーンを書いてみました。どうでしょう、視点は雲母ですが、要の気持ちは読者さんに伝わりそうですか? たぶん、結構伝わるのではと思います。(伝わると言ってくれよ、頼む) - 雲母にも要の気持ちがちょっと伝わっちゃってますが、まだ完全に確信はしていないので、一応これは「読者にだけ」視点外の人物の心理状態をお知らせしている文章ではあります。
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では、この文章の構成について詳しく見ていきましょう。
まず前半では、雲母の心情を細かく追っています。そして雲母の心理状態がこうですよ、と提示したあとで、雲母の視線誘導に乗る形で、要にカメラを合わせています。 -
まずカメラのレンズで自分の近いところを映す。そのあと、遠いところを映す、という構成です。
そして要の心理描写は、すべて雲母が見たもの、聞いたもの、感じたものとして表現されます。 -
最初に雲母が見た要は、「蔑むような眼で見られていると思っていたのに青ざめていた」、そして「愕然とした様子」です。
ここで、「愕然としている」と書いてしまうと視点がブレますので、必ず、「様子」とか「ように見える」とつけ足します。
そして様子、だったり、ように見える、のであっても、それはやっぱり「愕然としている」んです。読者さんはそう読みます。
そのあとの「ショックを受けてか」も同じです。「ショックを受けて」と限定的に書くと視点がブレますから「受けてか」と予想の形をとりますが、それでも要は確実にショックを受けています。
「怒りのようなもの吹き上がる」も、視点が要ではないから「怒りが吹き上がる」とは書けません。でも、怒っているのだと分かるはずです。 -
このあとの要のセリフが大切です。ここは直接、要の心情をはっきりと出せるところだから、一番重要なことを書きましょう。それは、要が雲母を分かりたいと思っている、ということです。
そしてこのシーンの最後に、雲母がモノローグで、「あいつが、俺を理解しようとしてたってこと?」と要の心情を整理して、提示することで、要の気持ちがより明らかになります。 -
「要はどうしてか泣き出しそうな顔をしていた」も重要です。「どうしてか」という言葉には雲母の感情が入っています。
どうしてお前が泣きそうなんだよ? という気持ちですね。つまり雲母は、要がそんな顔をしていることに驚いているし、なによりわけを知りたいと思っているんです。 - そうとは書かなくても、この「どうしてか」が入ることで、前半雲母が自分の気持ちにしか焦点が合っていなかったのに、要の態度とセリフによって、要の気持ちを知りたいほうに焦点が切りかわっていることが提示されています。
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どうですか? つまびらかに意図を書いていくと、結構シンプルな方法ばかりです。わざわざ攻め視点を作らなくても、受け視点だけで攻めの気持ちが伝わるように書くことはできると思えませんか?
これは視点が逆になっても同じです。たとえ攻め視点で書くにしても、受けの気持ちがある程度分からないとお話としては殺風景なので、こんなふうに文章でうまく相手の感情を描写してみてくださると嬉しいです。 -
そういえば、ここで「どうしてか」には雲母の感情が入っていると書きましたが、文章中に感情をのせやすい方法が一つありまして、これはぜひ使ってほしいので紹介します。
それは、文章の最後、語尾を変えることです。
基本的に文章は、「~だった」とか「~していた」などで締めると思いますが、たとえば視点人物が相手に対して感謝や喜びを感じていたら「~してくれた」、苛立ちや世話焼きな気分だったら「~してあげた」などの締めにすることで、感情が入ります。 -
特に恋愛相手に優しくしてもらったり、嬉しいことがあったり、気持ちが緩んだときには「~してくれた」を使うと効果的だと思います。
こんなふうに、言葉の中には自然と感情が入っているものがいくつもありますので、自分なりにこの言葉にはこんな感情がのっているな! と見つけたら、作中に上手く組み込んでみてください。
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